2004年10月あるレイトスターター ヴァイオリンに挑む ---
初めてのバイオリン演奏、初めてのバイオリン製作・・物語には始まりがあるのだ
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先日のヤマハの高温・高圧水蒸気による改質の特許はオートクレーブを持たないことにはいかんともしがたいが、ふと、燻煙処理の検索をしていて、
木材改質方法の特許 を見つけた。 出願は新しく2004年であり、燻煙という昔から行われていた手法がこの時期に特許として成立するのかは疑問(まだ審査請求はされていないだろうから・・)だけれど、書いてある内容はそれなりに参考になる。 まずは、通常の高温にしただけの乾燥では、木材内部までの温度上昇にはつながりにくく、燻煙のカーボン(煤)からの遠赤外線が内部の温度上昇につながると言う点。 次に、内部温度の上昇によって、木材中のリグニンが軟化して乾燥がさらに促進されると言う点。 この2点が特許の主な特徴であり、そのための条件を請求している。 ところで、リグニンの軟化温度は、湿潤状態と乾燥状態で異なり、この特許の温度で軟化するためには、湿潤環境でないといけない。また、構造を支えるセルロースとそれを固定するリグニンの関係があるが、リグニンが軟化することで、木材の内部応力が解放される可能性がある。これは、乾燥とは別の木材の安定性を高める効果といえよう。 これらの話は、 スギ材を生かすための挑戦 に詳しい。 面白いが、煙ムクムクの燻煙処理を一般のご家庭で手軽に試すわけにはいかず、別の代替手段を考えた方が試行しやすいだろう。 ポイントは、遠赤外線による輻射過熱である。これは、カーボンがいいのだが、活性炭もカーボンだろうから、オーブンの底に活性炭を敷き詰めれば、少なくとも下からは遠赤外線が出るだろう。ラッキーなことに遠赤外線は、透過性が高いので、バイオリンの板くらいのものであれば、上にあろうが下にあろうがあまり関係ない気がするのだ(^^;) とすると、リグニンの湿潤環境を与えられるようにスチームが出て、温度が80〜100℃に設定可能で、かつ、バイオリンの板が入るくらいの大きさのオーブンの底に活性炭をひくということで、燻煙相当の機能が得られる(かもしれない 爆) などと考えていると・・ ![]() 望めよ、さらば与えられん・・・てか? |
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このところ、ずっとほったらかしで、部屋の中にぶら下げていたホワイトバイオリンが一台ある。
ふと、こいつの音色を確かめたいと思ったので、ネックを膠で仮止めし、まだニスも塗っていなければ顎当てもついていないホワイトバイオリンをさくっとセットアップして音だししてみる。 フィッティングはこの子用にはローズウッドのものを一式用意しているけれど、ニスを塗る前の調整なので、手持ちのエボニーのフィッティングで仮にあわせておく。(ニスを塗ると状況が変わるので・・) 魂柱は、道具箱に転がっていた少し細めのもの。(長さはいいのだけれど、上下の角度が微妙に異なり、完全密着していないが、とりあえず、仮なので我慢(^^;) 同じく、駒もこの子用に用意したものではなく、以前、どれかのために使おうとして止めた使いかけの駒の足を表板のカーブに大体合わせる。 ホワイトバイオリン、顎当てもしないまま弾くと、汗でしみになるといけないので、セーム皮を当てているが、バロック時代もこうやって弾いたんだろうなぁなどと思いながら弾く。 ちょっと試奏すると、ネックのカーブが気に入らなく、ノミとスクレーパー、サンドペーパーで カーブの修正を行って再度試奏。 ![]() と、パキッと小さな音が? ペグでも緩んだのかと思ったけれど音程はずれていない・・ 不思議だなぁと楽器を触ると・・ 指板が落ちた(!) ほんの僅かしか膠をつけていなかったから、張力に耐えられず、外れたんだ! 再度、膠を付け直し、乾かして、今度こそと、演奏。 パガニーニの時代、まだ、顎当てが一般的ではなかったし、彼はそんなものは使わなかったのに、あれだけの技巧曲を弾いたのだ。私だって、多少のハイポジションがある曲だろうと、バロック奏法で弾けるだろう♪といつもながら楽観主義である(爆) マスネ:タイスの瞑想曲 |
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ヤマハが表板に木質改善を施したギターを発売した。
特許を検索すると、特開2003-145510 改質木材の製造方法がそれらしい。 ポイントは、高温・高圧水蒸気下に1時間ほど置くことだが、古木化とよんでいるこの処置、 燻煙処理もそうだが、高温に置くことで、化学変化は指数的に加速される。 そこで、この方法で木材の結晶化が進むことはありうるかもしれない。 でも、楽器の安定性はどうなんだろうね? 木材がすっかりr入るほどのオートクレープを持っていれば、追試してみるのも面白いかも? (我が家にはないですが・・) |
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クレモナ在住の菊田さん、この週末から来日します。
菊田さんのブログにあるように、池袋の展示会に楽器を展示するということなので、 興味のある方は、ぜひ行ってみましょう。 月曜日は小金井の宮地楽器さんに一日いるようなので、お近くの方は、 おでかけになると、池袋よりはゆっくりお話できるかも? 明日(じゃないですね、もう)は、新横浜に朝早く行くので、 バイオリンの練習はできないかなぁ・・(土曜日レッスンなのに・・今週は練習量少ない) 久々にミュートバイオリンの出番か? (そもそも、練習するほど、早起きできるのか・・爆) |
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当たり前に使っているけれど、実は、案外歴史は新しいらしい。
職場の図書館で借りた、
を読んでいる。これは、色々なところに書いた小文をまとめた本だ。 その中で、鈴木氏は、バイオリンの顎当ては1820年以降、チェロのエンドピンは19世紀末に一般化したと書いている。この説によれば、ストラディバリやグァルネリの時代には顎当ては使われていなかったはずだが、ストラドタイプとかグァルネリタイプの顎当てって何だろう?って疑問を感じる。 鈴木氏はチェリストなので、本にはチェロの話を中心に書かれているが、面白いのは、チェロの定番曲となっているバッハの無伴奏チェロ組曲の話で、これの5番と6番は楽譜に特別な指示が書かれているが、多くのチェリストはそれを無視して弾いているということだ。 彼の解釈のチェロ組曲を聞いてみたいと思って、二宮町の図書館を検索してみたら、ちゃんと1枚在庫しているらしい。次に図書館に行く時にでも借りてこよう♪
年代的に、ストラディバリやグァルネリは顎当てなしを前提にバイオリンを作っていたはずだし、パガニーニだって、顎当てを使ってない様子だったので、普通に顎当てなしでバロック時代の曲は弾けるのだろう。(前に試した限り、それほど無理はないかもしれないと感じている) 私の場合、顎当てを使おうと使うまいとひどい演奏には変わりないということだが(爆) |
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町立図書館のAVコーナー(アダルトじゃないよ)をうろうろしていたら、
を見つけた。 このCD、「海峡を渡るバイオリン」の主人公 陳昌鉉氏のバイオリンとビオラを使って、ビックコミックに連載されていたらしい陳昌鉉氏の漫画のイメージに合わせて選曲・製作されたものということだ。 実は、陳昌鉉氏の人生にはあまり共感しないのだが、製作した楽器の音は一度は聞いてみたいと思っていたのだった。(図書館にあったとはラッキー♪) ただ、CDを聴いて音色の評価が出来るほど耳が肥えていないので(^^;)、とりあえず、聴けたというだけで満足。 これを聴いてから、自分のバイオリンを取り出して弾いてみるが、先日以来読んでいるストラディバリの謎の本にSacconiが最近の楽器はストラディバリと違って駒はワンポイントで表板に設置するようにしていると書いてあったのを思い出し、駒足を削ることにした。 ![]() アンダルシア君だけでなく、kityの駒足も削った。eagleの駒足はすでに十分削ってあるので手をつけない。 アンダルシア君は箱を開けずに外から手を加えて音質改善をもくろんでいる実験用バイオリンの位置づけだが、f字穴の横から見ると、表板の中央部分は最低5mmほど、ヘタすると6mmクラスの超厚手モデルである。(カノーネ君オリジナル程度か?) 音そのものは優しいきれいな音がするが、G線開放弦近くでは、もう少しパワーがあったほうがいいかも? ということで、こんなとことか、 ![]() あんなとこなんかも ![]() 少し削ってみる(笑) |
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ガンジーは、資本主義の工場による大量生産品を購入する行動がインドの自由を奪っていると考えた。
「インドの命運は糸車にかかっている。英国の綿製品がインドに流れ込むようになり、以来、人々は糸車をしまい込んだ。それがインドから繁栄を奪いさったのだ。」(「ガンジー語録集」より) ガンジーはお金の流れを考えていたが、モノを買うという消費行動は、そのモノに縛られることによって精神の自由をも奪うのだ。そう考えれば、ガンジーの思想は現代の日本にも十分通用する。 我々は消費行動からの自由を獲得しなくてはならない。 立て万国の労働者たちよ! 糸車を取り出し、糸を紡ごうではないか。 ラピュタ人も言い伝えたように、人は大地から離れては生きてはいけないのだ。 ところで、Sacconiの「ストラディバリの秘密」をゆっくりと読み進めているが、最近読んだところに、f字穴の外側の上下のウィングの間あたりの彫りこみについて書かれていた。同時代の他のマエストロには見られないストラディバリ独自の彫りこみがあるというのだ。 彼も、時代の常識にとらわれず、地に足をつけた自由の人であったに違いない。 とまぁ、そういう訳で(?)、糸車には興味のない い〜ぐるは、スクレーパーを手に、地に足をつけ、まるで冬眠したカタツムリのようなゆっくりとしたペースでアンダルシア君のf字穴の外側を削ってみる。 ![]() モノだけでなく、音楽も単なる音源の消費者から自ら音を紡ぐものへ進化することが重要な意味を持つ気がする。 えっ?レッスン間際の現実逃避のゴタクではないかって? もちろん、木曜のレッスンまでの残された時間で、 現状の課題曲の演奏 が大きく改善されるとは思っていないが、人には、 開き直りも肝要 なのだよ(爆) 下は、昨日見つけたカタツムリ君である。世俗にとらわれず、ぐっすりお休みの様子だ。 ![]() |
































